『ルーム』レニー・エイブラハムソン

ルーム(字幕版)

監督:レニー・エイブラハムソン
原題:room
原作:エマ・ドナヒュー『部屋』
2015年 カナダ/アイルランド 118分

レニー・エイブラハムソン『ルーム』を鑑賞。見知らぬ男に7年ものあいだ納屋(ルーム)へ監禁されていた女性が、そこで生まれ育った5歳の息子とともに、脱出に成功するものの、次は外の世界という精神的牢獄(ルーム)に閉じ込められることとなり……という物語。
カメラは基本的に視点人物であるジャック(息子)に寄り添っているのだが、極めて注意深い被写界深度の調節や空間の切り取り方によって、親子が監禁されている物理的には極狭であるはずの納屋(ルーム)が、少なくとも彼にとってはそれなりの豊かさを持った場所であることが伝わってくる作りになっており、まずその巧みさに驚かされる。そしてこの感覚(小さな部屋がデ・ゼッサント的な無限の広がりを持つかのような)は、フィクションを愛するインドア人間にとってはかなりの実感を伴うもののはずで、実際ジャックの生活には、かろうじて室内に置かれたTVや絵本により、『不思議の国のアリス』『モンテ・クリスト伯』『ジャックと豆の木』といった「物語」が常に寄り添っている。
母が息子に言い聞かせている「世界の成り立ち(=壁の外は宇宙空間で、TVに映るものは全て偽物)」すら、彼に対する優しい嘘/物語である。しかし、この虚構の横溢する母子密着空間を打ち破る力を持っているのもまた「物語」だ。母は5歳になった息子に『不思議の国のアリス』を比喩に使って自分は本当はルームの外からやって来たことを説明し、『モンテ・クリスト伯』のアイデアを真似て脱出を計画実行するのである。
偽物/本物の往還を描くこの映画の中でも特に効いているのが「犬」のモチーフで、少女を監禁するための嘘として使われた「犬」は、やがて産まれた息子のルームにおける空想の友となり、脱出時には実在となり(最初に出会う人物が犬を連れている)、ペット禁止期間を経て、最後には現実の友となってやってくる。その過程の傍らで、息子と共に少女(母親)もまた精神的な「ルーム」から開放されていく。
他にも多様かつ丁寧な意匠が張り巡らされており、物語/虚構/嘘/本物といった、本質において映画的なテーマを、母子分離の問題と絡め、サスペンスのある物語にのせて提示しつつ、人生の取り返しのつかなさや人間のくだらなさ等にまつわる乾いた感覚も織り交ぜて複雑な余韻へと昇華した佳作であり、音楽や空間の使い方も効果的で、大変面白く鑑賞した。