『リンカーンとさまよえる霊魂たち』ジョージ・ソーンダーズ

リンカーンとさまよえる霊魂たち

Lincoln in the Bardo
George Saunders 2017

ジョージ・ソーンダーズ『リンカーンとさまよえる霊魂たち』を読む。2017年ブッカー賞受賞作である。リンカーンの幼い息子の幽霊を中心に、多種多彩な幽霊たちが登場して(当時のアメリカ社会の縮図を顕現させつつ)語りまくり、遂にはリンカーンの中に入りこんで南北戦争時の決断に影響を与え……という、奇妙奇天烈な幽霊譚&歴史小説。そもそもナラティブが風変わりで、虚実混交の文献の引用や、幽霊たちの語りのコラージュによって繋いでいく、ポストモダニックな造形になっているのだが、これがよく効いている。複数の幽霊が大統領に飛び込んで「我々」となり、アメリカとその(演劇的空間としての)「死者の民主主義」を透視するくだりの独得の感触は、この形式でなければ醸せないものであろう。
なお、鏤められた小物語(各幽霊たちが背負っているストーリー)の方はいたって通俗的であるのに加え、ナンセンスかつド派手な奇想が連続するため、野心的造形にありがちな、退屈なスノッブ感とは無縁である。リンカーンの小さな息子の幽霊に、彼をサポートする個性的な幽霊たち(若妻との処夜に臨む直前に事故死した心優しい中年男、同性との恋に破れ衝動的にリストカット自殺したハンサムな青年……)といった人物配置には、キャラクター小説的な趣もある。慧眼なるポストモダン文学読者、という向きでない読者にもおすすめできる作品と思う。
ただし、チェスタトン『正統とは何か』の特定側面を明るくなぞりすぎていて、悪い意味で「泣ける」気もするが、そのような印象は私の読解不足かも。仕掛けを見落としている可能性。
それにしてもトマス・ピンチョンが帯文を寄せているのにはビックリ。しかし、読んで見れば、ああ、と納得が。